プロ野球好きの人なら2000年代前半に
阪神タイガースのエースピッチャーとして君臨していた
「井川慶」投手はご存知でしょう。
野村監督時代に頭角を現し、星野監督政権下では
シーズン20勝を達成するなど押しも押されぬエースとなりました。
そんな井川投手は2007年シーズンから渡米し、
ニューヨーク・ヤンキースでプレーをするようになりましたが、
5年間で2勝4敗、防御率6.66と期待とは大きくかけ離れた成績しかあげられませんでした。
また、後半3年は完全にマイナー生活となり、メジャーに再昇格されずに
ニューヨーク・ヤンキースを後にすることになりました。
ヤンキースGMのブライアン・キャッシュマンからは、
“井川の獲得は完全に失敗だった”と辛辣な発言があったり、
メディアによる『ヤンキース史上最悪の契約』という特集で、
ワースト1位に選出されてしまうなど、
やはり、球団やファンからも悪い印象を持たれてしまっているようです。
日本を代表する左腕エースとして活躍していた井川投手が
メジャーで活躍できなかった理由はなんだったのでしょか?
それは、
『コントロールの悪さ』や
『決め球のチェンジアップの精度の悪さ』
があったと言われています。
今回は井川投手のヤンキース時代の話をご紹介します。
どうしてメジャーで通用しなかったのか?
井川投手がメジャーで通用しなかった理由。
まず1つは、『コントロールの悪さ』とも言われています。
元々、阪神時代もコントロールが良いというイメージはなく、
ストレートの威力や決め球のチェンジアップで勝負していた印象があります。
メジャー1年目の春季キャンプで井川投手の球を受けたブルペンキャッチャーは
『25球受けて、ストライクは3球のみ。決め球のチェンジアップ、
他にスライダー、カーブもメジャーのレベルとは大きくかけ離れており、
コントロールがとにかく悪い。どこかケガでもしているのではないのか。』
と、述べています。
実際に、メジャー1年目の試合を映像で見ていましたが、
フォアボールやデッドボールも多い印象でした。
参考に、メジャー1年目の与四死球率を計算してみたところ、
5.49という数値で、これは9イニング投げてどれぐらいの四死球を与えるかの数値です。
メジャー平均では3.2という数値のようなので、かなり悪い数値ということがわかります。
やはり、コントロールは重要なファクターで
そのコントロールの悪さを補えるほどの球威や変化球もなかったということでしょうか。
チェンジアップの精度の悪さ
先述の井川投手の球を受けたブルペンキャッチャーも述べていましたが、
決め球のチェンジアップが全盛期と比べ、精度が悪くなってしまったことも
原因の1つではないかという話もあります。
これは、井川投手本人がマイナー時代に取材した記者に述べた内容ですが、
実は阪神時代の2005年、06年からチェンジアップの調子が良くなかったそうです。
どう調子が良くなかったかというと。落ちずに浮いてしまうというもので、
日本人選手はミスショットする場合も多かったようですが、
メジャーではいとも簡単にスタンドインされてしまっていたようです。
阪神全盛時代の井川投手のチェンジアップはフォークのように鋭く落ち、
打者視点では、視界から消えるようなイメージだったので、
このチェンジアップがメジャーでも投げられていれば、また違った結果になっていたかもしれませんね。
まとめ
井川投手は、ヤンキースとの5年契約終了後に日本に帰国し、
オリックスで4シーズン過ごしましたが、
期待以上の成績はあげられず戦力外通告を受けました。
その後は独立リーグに入団しプレーをしましたが、
2020年現在、どこの球団にも所属していません・
ただ、本人はまだ現役引退を宣言しておらず、
今もトレーニングを続けています。
年齢的にも40歳を超えているため、可能性は極めて低いでしょうが、
本人の満足のいく形で現役生活を終えてもらいたいなと思っています。